The two of us

彼女は話しつづけていた。彼女の顔をみながら話をきくわたしが彼女から目をそらしたときにだけ彼女はわたしの顔をみた。わたしはわたしの顔をみる彼女の視線に気づいていたので、わざと目をそらしながら輪郭の端で彼女のことをみていたのだ。怯えながらも彼女は、わたしの素の表情をとらえた気でいるようだった。わたしは自分に興味がなかったのでそれはそれでいいと思った。彼女が話しつづける理由はどこにもなかった。彼女は話しつづけるためだけに話しつづけていた。壊れたレコードが、吃音のひとが、同じ音を鳴らすのと同じように。彼女の周回は停滞しないための停滞だった。線形にみえるものは循環で、持続にみえるものは停滞だった。水を差してはならなかった。彼女がまわるのをただ目撃し、ただ沈黙しつづけることだけがわたしの役割だったのだから。何度もあらった服のポケットのなかに手をつっこむと布地は乾かしたときのまましわくちゃになっていて、皺と皺のあいだに繊維のかたまりやほこりがはさまっていた。切りすぎた指の爪が皮膚に刺さっていることを思い出した。息を吸えばどれほど巧みに吸い込んだとしても髪の毛先が頬を刺すだろうと思った。突然すべてをゆだねてしまいたいという衝動に身体がふるえた。わたしは彼女の顔をみないで話しはじめた。乾いたくちびるの皮膚がはがれているのを歯でかんだ。ひとたび話しはじめると胃が浮遊してまなざしが溶け、空気を抜かれつつあるビニールプールのように変形していくのを感じた。視界は金色にかがやき、光は草花の縁に蜃気楼をつくっている。彼女は何もいわずにわたしを殴った。わたしを殴りながら彼女は、痛いのはわたしだといい、そういいながらさらにわたしを殴った。そしてこれはわたしではないという。わたしは自由を感じた。わたしたちは愛し合っていなかったのだ。