Lullaby

f:id:pwimg:20141026151132j:plain

ル・クレジオ『海をみたことがなかった少年』(Mondo et autres histoires)を読んだのは12-13歳のころだった。その短編集のなかにはいっていた『リュラビー』(Lullaby)のことを思い出す。ちょうど主人公と同じくらいの年齢だった。
リュラビーはある朝、学校に行くのをやめようと決めて海に出かける。数日の間、学校に行かずにただ海にいる。海や光や風が美しく描かれる。そして学校へ戻る。それだけの短篇だ。

とりわけ沈黙があり、それは実に大きく強い沈黙なので、リュラビーは死ぬような気がするほどだった。急速に、生命が彼女から引いていって、空と海へと立ち去り、消えていった。それは理解するのが難しかったが、リュラビーは死とはこういうふうなのだと確信した。彼女の躰は座ったままの位置で白い柱に背をもたせ、暑さと光にすっかり包まれてそこにとどまっていた。しかしもろもろの動きは立ち去り、目の前で溶けてしまうのだった。彼女はそうした動きを引き止めることができなかった。自分を離れるものすべてが、椋鳥の飛翔や埃の竜巻のように猛烈な速さで自分から遠ざかるのを感じた。そういったものが光と海の方へと空間に投げ出され、遠方へ素早く去っていった。だがそれは心地よいもので、リュラビーは逆らわなかった。彼女は目をつぶらなかった。瞳孔を大きく開いて、まばたきもせずに、まっすぐ前を、空と海のあいだの折り目がある、水平線の細い糸の上の同じ一点をじっと見つめていた。(ル・クレジオ『海をみたことがなかった少年』p.103)

 リュラビーは海辺で、遠くに住む、愛する父親へ手紙を書く。手紙を書いたあとにはその紙の余白ぎっしりに単語を思いつくままに書き連ねる。手紙は水でぬれる。ある日、彼女は父親からもらった手紙の束を海に持ってきて、「しょっちゅうなにかを食べている必要のある」風に向かって手紙を投げ、火をくべて手紙を燃やす。父親は自分だけに宛てて言葉を紡ぎ、言葉が残ることを望まないだろうから、燃やされた手紙が光と煙になってゆくこの光景をみたがるだろうと彼女は想像する。ずっとこの手紙は燃やされることを待っていたからこれほどよく燃えるのだ、と彼女はいう。そして海で知り合った少年に自分のデッサンを渡されたときには、これは燃やさないという。本当に気に入ったときに燃やす、と彼女はいうのだ。
海辺での生活をしばらくしながらも、彼女のことを案じる学校からの手紙が彼女の家に届きだす。リュラビーは母親の代わりにリュラビーが欠席するとの旨の手紙を送りながら、こんなことがいつまでも続くはずはないと理解している。彼女は埃っぽい街へと戻っていく。校長先生に行動を叱責されても彼女は動じることがない。そして唯一彼女が心をゆるすフィリッピ先生だけは彼女のことをわかっていて、リュラビーにひとこと「旅をしてきたのかね?」と問う。
なんとなく少女趣味なところがあるので告白するのはすこしはずかしいけれど、当時、とても気に入っていた短篇だった。いま読んでも、やはり描写がとても美しくて好きな作品だ。いまでも海でぼんやりとしているときに、この作品の詳細ではなくておおまかな雰囲気をただぼんやりと思い出す。思い出の作品なので作品の細かい分析については避け、引用と印象的なシーンだけをただ書き記しておくことにする。